美容師 過去問
第50回(2024年9月)
問41 (文化論及び美容技術理論 問1)
問題文
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問題
美容師試験 第50回(2024年9月) 問41(文化論及び美容技術理論 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
- 銀杏(いちょう)返し
- ひさし髪
- 二百三高地髷(まげ)
- まがれいと
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この過去問の解説 (2件)
01
日本髪は、伝統的な和装に合わせた髪型で、明治時代の初期にも流行していました。代表的なものは以下の通りです。
• 銀杏返し(いちょうがえし)
上品で格式のある髪型で、髪をきれいにまとめて、額の前に丸い形の「いちょう返し」を作るスタイルです。
貴族や上流階級の女性に多く見られました。
• ひさし髪
前髪を長く残し、額の上で少しカールさせる髪型です。特徴的な前髪が印象的で、優雅な雰囲気を演出します。
• 二百三高地髷(まげ)
日露戦争後、髪型が軍人の影響を受け、髷の結い方が硬くきっちりと結ばれるようになったスタイルです。
戦争に従軍した女性たちが髪型をこのように整えました。
正しい
日本髪の一種です。髪を後ろに大きく返し、銀杏の葉のような形にまとめた髪型で、明治時代に流行しました。
誤り
これは日本髪ではなく、欧米風の髪型が影響を受けた髪型です。
誤り
確かに日本髪の一種ですが、明治時代の特定の時期に、戦争の影響を受けて流行した髪型です。
この髷は、日露戦争後、兵士たちが髪型に影響を与えたことで広まりました。
特に、髷がきっちりと結われ、戦争の傷を覆い隠すための髪型としても一部で知られています。
誤り
これは日本髪ではなく、和装に合わせた欧米スタイルが影響している髪型です。
明治時代の女性の髪型は、伝統的な日本髪と西洋風の髪型が並存し、
特に西洋文化の影響が強まる中で、日本髪の変化も見られました。
この時期の髪型は、女性の社会的地位や、服装、文化の変化を反映した重要な要素となっていました。
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02
銀杏返しです。
銀杏返しは、前髪・両わき・後ろの髷を日本伝統の形でまとめる日本髪の代表的な様式です。
見た目が銀杏の葉に似ることから名づけられました。
日本髪に該当します。
前髪を整え、両側の髪を張り出し、後ろで髷を作る伝統的なまとめ方です。
芸妓や明治の和装女性にも用いられました。
日本髪ではありません。
前髪を額の上に張り出す洋風影響の束髪系の流行で、和髷の作りとは異なります。
日本髪ではありません。
日露戦争の「203高地」にちなむ名称ですが、実際は束髪(洋風のまとめ髪)の一種として広まりました。
伝統的な和髷の形や結い方とは違います。
日本髪ではありません。
外来語由来の名称で、前髪や毛先を巻いた束髪・洋髪系のスタイルを指します。
明治の女性の髪形は、日本髪(和髷)と束髪(洋風のまとめ髪)が並行して流行しました。
名称に「髷」とあっても束髪系が多い点に注意します。
日本髪に当たるのは銀杏返しです。
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